商売人人生50 年の経験から大切にした「人と米」

栃木県コンクール優勝のブランド米を使ったお惣菜、地元農家が育てた朝どり野菜が買える直売所、耕作放棄地を活用して名物にまで成長したそばを使った手打ちそばレストランなどが愛され、中山間地にありながら年間1 万人の来場者を誇る直売所とそばレストランの複合施設「いい里さかがわ館」。支配人の篠田隆さんは茂木町の道の駅で長らく店長を務め、定年を機に同じく茂木町にある地元・逆川へと戻り「いい里さかがわ館」の開業に従事。コミュニケーションを第一に周囲の人々を巻き込みながら軌道に乗せ、2008 年の開業以来、一貫して右肩上がりの成長を続けている。

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直売所「いい里さかがわ館」開業への道のり

開業前の逆川は活気を失っており、商店はわずか8 件しかない状態。計画自体も町から疑心暗鬼の目を向けられていたという。しかし、そこは商売人人生50 年の篠田さん。持ち前のコミュニケーション能力で難題を次々とクリアしていった。

「初期メンバーは8 人。それじゃあいくらなんでも直売所は作れないと町に言われたのが最初のつまずきでした。すぐに同調者探しに奔走し、最終的には70 人もの人々を集め、10 万円ずつの出資を募り700 万円を資本金にしてオープンにこぎ着けたんです」

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従業員は地元登用。やる気に満ちあふれていたし、研修もしっかりこなして万全のオープン、のはずだったのだが…。

「接客などしたことがない素人の集まりでしたから、まず『いらっしゃいませ!』の声が出ないわけです。そして、そばの味が日によって変わるなど、それはもう大変な有様で(笑)。その状態からの脱却は難題で、人材の育成は開業から今日に至るまでで最も苦労したことじゃないでしょうか」

客商売というのは一朝一夕にはいかないもの。それは農業のプロたちにとってもそうであり、直売所で農作物を売ることが思いのほか難しいということに直面していく。まず農作物に偏り問題。例えば大根の時期には大根ばかりが並び、お客さんのニーズに応えることができないのだ。必然的に新たな品種への挑戦、多品種の栽培が必要で、お客さんとの対話を通した農業という経験のない取り組みが自然発生的にスタートしていく。そして、現在は名物となっている「美味しいお米が買える、食べられるさかがわ館」という確立も茨の道だった。

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「小さな直売所ですから、とにかく売りを作ることが必要不可欠だと考えました。逆川といえばなんだろうか。やはり米だろうと。米を目玉にするために、コンクールで上位を目指したんです」

人それぞれで曖昧な「美味しさ」というものをわかりやすく伝えようと、コンクールに出品して食味の点数付けを推進することを発案した篠田さん。しかし、中にはコンクールへの参加に難色を示す米農家もいたという。

「米農家さんたちはそれぞれいちばん美味い米を作っていると自負しています。なんでコンクールに出さないといけないのだと。それはそうですよね。膝をつき合わせて、必要性を説明させていただき、口説いていきましたね」

努力は実り、逆川の米は栃木県1 位に選ばれるまでに。さかがわ館のレストランやお弁当で米の美味しさを伝え、お土産に米を買って帰ってもらうという理想的な流れを作ることに成功した。まさに取材の日も、表彰を受けに行っている米農家さんがいたが、もっと美味しい米を作ろうと、今ではみなが切磋琢磨しているという。さかがわ館のもうひとつの名物である手打ちそばの誕生も、篠田さんの名采配あってのもの。耕作放棄地が増え続ける逆川を憂い、町と協力して栽培が比較的容易なそばの作付けを推進し、代わりにさかがわ館が全量買い上げし、レストランで振る舞うことで名物へと育てた。そばを栽培しているのは若い移住者ではなく全て地元の人々。高齢者たちもモチベーションを持ってそば栽培に取り組んでいる。

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地域を幸せにする「米と人」のつながり

「中山間地域はとにかく行動を起こさないとどんどん廃れていきます。原動力はみんなのやる気。全量買い上げとレストランで手打ちそばを名物にすることを打ち出し、経済的な基盤を明示してモチベーションも高めていきました」

他にもエゴマやハトムギも生産しているが、それらは健康志向を掲げて茂木町上げて増産を推進している作物。こちらも安定した収益が見込めるのに加えて、さかがわ館のアイスクリームなどにも使われて好評を得ている。さかがわ館の至近には、全国的な人気スポットとして知られるようになった焼石山ミツマタ群生地があり、毎年3 月中旬〜4 月中旬には多くの観光客が訪れ、さかがわ館も混雑する。しかし、これはあくまでも付加価値でしかないという。

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「とにかく『米と人』が成功の要因です。美味しい米を作ってPR し、従業員や農家さんのやる気を育み、成長を続けていった結果の成功。わたしとしても、都市部だろうが中山間地だろうが、最終的には人が動かなければビジネスは機能しない。支配人として、関わる人々とコミュニケーションをしっかりと取り、モチベーションが高まるよう戦略を作っていく。指揮者のようにコントロールし、鼓舞するのだ。全ての人が手応えを感じながら仕事に取り組むことが、成功への最短距離ではないだろうか。

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