農家の右腕として経営改善に取り組んできたファームサイド株式会社代表取締役の佐川友彦氏をお招きし、第一次産業の経営課題解決への手段やアプローチの仕方についてお話しいただきました。
日 時:2020年12月22日(火)19時~21時
テーマ:事業の具体化と課題解決手段
ゲスト:阿部梨園マネージャー 兼 ファームサイド株式会社代表取締役 佐川友彦 氏
(プロフィール)
1984年生まれ。群馬県出身。栃木県宇都宮市在住。東京大学農学部/農学生命科学研究科修士卒。前職では外資系化学メーカー(デュポン株式会社)にて主に太陽光発電パネル素材の研究開発に従事。
2014年より栃木県宇都宮市にある阿部梨園に参画。代表阿部の右腕、農園のマネージャーを務める。
生産に携わらず、農家が苦手とする経営管理、企画、経理会計、人事労務などのオフィス業務だけでなく、ブランディングやPR、接客販売など営業面も担っている。3年間で大小500件の業務改善を実施し、小規模ながらスマート経営と、直売率99%超を達成した。
2017年に阿部梨園の改善実例300件を公開するクラウドファンディングを実施し、330人から450万円の支援を集めて話題を呼んだ。その成果はオンラインメディア『阿部梨園の知恵袋|農家の小さい改善実例300』として無料公開されている。
現在は全国各地で講演等を行い、農家の経営体質改善と実務ノウハウのオープン化を旗振りしている。
2019年1月より個人事業であるFARMSIDE works(ファームサイドワークス)を立ち上げ、経営コンサルティングや企業のアドバイザリー、講演活動などを行っている。2020年1月にFARMSIDE worksを法人化し、ファームサイド株式会社を設立。代表取締役に就任。現在に至る。
【ウェビナー要旨】
500件の小さな業務改善
大学卒業後、大企業に数年勤めた後、地域に根ざした働き方をしたいと思い、栃木県に引っ越した。そして縁あって阿部梨園の経営改善に取り組むことになった。
阿部梨園は、すでにその当時、県内トップの直販実績があり、品質も高い評価を得ていた。いいものを作ることができ、お客さまも増えている状況というのは、事業を拡大できるチャンス。でもそれができないでいた。その原因は、人が定着しないことと、経営ノウハウの不足。
製造業出身の私が阿部梨園でまず感じたことは、我流でやっていることによる「業務効率」、梨のレベルに経営レベルがつり合っていない「経営体質」、基本となる数字のない「意思決定」。梨をつくることに力を入れすぎているあまり、経営や雇用が後回しになっていた。
これらは小規模経営にありがちなことで、農業界が乗り越えるべき課題だと思った。天候や相場に振り回されながら頑張っていると、そんなこと丁寧にやってはいられないというのも理解できるが、そのままでいいとは思えなかった。
最初私は4ヶ月間のインターンとして阿部梨園で働いていたが、その期間中に「小さい業務改善を100件やろう」と提案して取り組んだ。作業手順をちょっと変えた、とかそういう地味で小さなことでも、日々の業務を改善する習慣が根づけば、自己改善できる農園になれると思った。
繁忙期で手が一番空いているのは自分で、自分から進んでやらざるを得なかった。具体的には、まず掃除からはじめた。書類の山やモノの整理整頓をしていると、変化が皆の目に止まる。きれいになったり広くなったりすると従業員もうれしいし、私と従業員とのコミュニケーションの起点にもなった。
仕事場がきれいになることは、全員にとって恩恵がある。経営改善は経営者が楽をするためではなく、全員の利益になることを目的にすべきで、100件は従業員の声もすくい上げながら取り組んだ。
1ヶ月、2ヶ月と続けていると、自然と従業員同士のコミュニケーションも良くなり、こうしたことは組織開発にも有効だと学ぶことができた。
インターン期間中にできた改善は73件で終わってしまったが、まだたくさんやれることを思いついていたので、もっと続けたくなった。それで頼み込んで就職させてもらい、少しでもいい農園になろうと、2014年から2017年の間に500件の業務改善、経営改善を行った。
決して改善の何か一つが大ヒットしたというわけではないが、取り組みを積み重ねることで、2年目の2016年には直売率はほぼ100%となり、最終的には当初の目的は最低限ながら、達成することができた。
阿部梨園の知恵袋
農業界には生産技術以外の情報が不足している。会計や労務など実務的なテクニックが農家のナレッジになっていないが、最初は何から手をつけるべきかわからなかった。小規模な上、皆が暗中模索しているというのはとても効率が悪く、生産性を損ねているので、どこかうまくいっているところが情報公開してくれれば業界全体のノウハウになると思った。でも誰もやってはくれない。
ふと阿部梨園には500件の改善事例があるので、これを公開しようと思いついた。制作費はクラウドファンディングで集めることにした。クラウドファンディングを選んだのは、その時点で確証がなかったニーズの検証ができ、話題にもなりやすい機能があるから。
最初は100万円を目標にしていたが、最終的に330人の方から450万円が集まった。それをもとに、大変苦労したが2年半をかけて「阿部梨園の知恵袋:農家の小さい改善実例300」というサイトをつくった。ぜひのぞいてほしい。
ボトムアップの課題解決「答えは現場にある」
課題解決というと、事業計画や決算書、販売データなどの数字から経営のアウトラインをつかみ、そこから課題抽出してというのが正攻法だが、このやり方は情報が揃っていないとか、課題の粒度がまちまちであるとか、しがらみなどレガシー産業特有の事情とか、あまりにも落とし穴が多くて使えない。
ではどうするか。「答えは現場にある」。まず現場をよく観察し、現場から改善するというボトムアップのやり方がアリだと思う。森が見えなければ、木を見るしかない。行動することで視界は開けてくる。
「阿部梨園的な課題解決手法」と呼んでいるが、「現場をよく観察し」「改善点を列挙」「とにかく現場を改善する」「意識や次の行動が変わる」「習慣が定着する」「全体像が見えてくる」というふうに、逆説的にアプローチしていく。ただし、外部から支援しようというのは小規模経営の予算上難しいので、本人の自発的な行動を促す、本人の行動を支援するというやり方が適していると思う。
「農業×何か」は可能性の山
農業経営には考えるべきパラメータが多い。人材面だけ見ても採用、教育、組織、労務など管理項目が多く、農業者の負担になっている。しかも外部環境の変化も大きい。マーケットや社会、技術は変化するし、場合によっては法改正もある。
でも全てが満点の生産者はいない。うまくいっている農家でも何かが必ず欠けている。だから農業はまだ、プレイヤーレベルでの戦いができるともいえる。勝者が決まっていて、そこがシェアをどんどん拡大して寡占に向かっている業界ではなく、自分の強みで勝ちにいける。
他の産業は勝ちパターンが決まっているが、農業経営は、多様で、自由で、クリエイティブ。産地や品目などみんな条件が違うし、多様な選択肢と無数の正解があって、それぞれにチャンスがある。
農業界はまだまだ万策尽きてはいない。未着手の課題がたくさんあるし、「農業に何かを掛け合わせること」は可能性の山だと思う。農業、小規模事業にはまだまだポテンシャルがあることをぜひ知ってほしい。