地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。福井県から発信したいイケてる起業家は、合同会社匠市代表の熊本雄馬さんです。会社員時代に経験した世の中に新商品を生み出す価値、鯖江のモノづくりの魅力に惹かれました。
そして福井に根付く伝統技術や鯖江の技術を次世代に継承していきたいというビジョンが生まれました。福井県の職人技術を使った新商品開発から販売、福井の技術を集結した福井の匠ファッションショー、伝統工芸弟子入り体験などモノづくりに関わるプロデュースを手掛けています。今回は、代表の熊本さんに事業にかける想いや地方で起業するに至った経緯を伺いました。
眼鏡の材料商社での経験が、起業のきっかけに
ー現在の事業や起業の経緯を教えてください。
熊本)匠市では、伝統工芸やモノづくりの支援活動を行っています。伝統技術を使った商品の販売代行と鯖江の眼鏡素材を使用したアイテムなど、開発から携わり販売をしています。また、自社で開発したもの以外でも「私が気に入り世に広めたいもの」を販売しています。2018年に起業し、社名の「匠市」には、職人たちの匠の技を市場のように集め販売していきたいという想いを込めています。
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起業のきっかけは、勤めていた鯖江のメガネ材料商社でメガネ材料、技術を使ったモノづくりに触れたこと、また伝統工芸の職人と一緒にモノづくりを通じて地域貢献していきたいという想いが生まれたからです。眼鏡材料商社時代は眼鏡に使われる金属材料、樹脂材料、メガネ部品などをメガネ工場に卸す仕事をしていました。会社は順調に売上推移していましたが、ある日突然リーマンショックが発生し、眼鏡業界の売上も会社の売上も半分ほどまで落ち込みました。このままでは会社が業界と共倒れするのではと危機感を抱き、「自分たちの会社でモノをつくり自分たちで販売をしよう。これからは、自分たちで生きる道をつくる」というコンセプトをメガネ業界の仲間たちと掲げた活動を始めました。
鯖江メガネーランドにて
活動当初は眼鏡の材料商社だからこそできる、眼鏡材料と鯖江の技術を生かしたアクセサリーを作り始めました。2012年にはセメントプロデュースデザインさんと運命の出会いがあり会社で扱っていたカラフルさが特徴のセルロースアセテートという綿花由来の樹脂を基に「鯖江ミミカキ」という商品を共同で作り上げました。
それが、グッドデザイン賞を頂き、日経デザインを始め様々なメディアから注目を浴び「鯖江ミミカキを作った眼鏡材料商社」として知名度が上がり、会社全体の売り上げを押し上げました。「メガネからカタチを変えたモノづくり」をモットーにノウハウや実績を積んでいたのですが、福井県には眼鏡以外にも1,500年前から続く伝統工芸もあることに気づき興味を持っていくこととなります。そして、福井の伝統を、鯖江のモノづくりの技術を次世代に残したい!という想いが生まれ1年前に起業を決断しました。
ーものづくりに魅せられている熊本さんですが、福井で起業したのはなぜですか?
私は三重県いなべ市の出身です。福井の大学進学をきっかけに福井の人の温かみに触れ、住みやすい県でもあり、妻の実家が福井だったこともあり、福井で暮らすことを決めました。山も川もあって、豊かな自然がある。さらにモノづくりの文化が根付いている地域であることに大きな魅力を感じています。私はヨソ者ですが、その視点が生きていると思っています。地元にいる方たちにとって、伝統工芸が身近にある生活は当たり前ですが、私は1,500年も続く伝統技術があることは地域の誇るべき魅力であると感じています。そういった地域の良さをヨソ者目線で見ることで、地域や伝統工芸の新たな気づきに繋がります。
ー高級耳かきの商品開発に携わって、今の事業に続く気づきはどこにありますか?
私は、昔からモノづくりに興味があったわけではありませんでした。眼鏡の材料商社に勤めることになった当時も眼鏡について詳くなかったのですが、仕事を通じて 鯖江のモノづくり、 職人の技術に触れていきます。そしてセメントさんや職人たちで作った商品がグッドデザイン賞の獲得につながったり雑誌に取り上げられるなど、注目され評価されました。黒子である私たちや、今まで下請けの産地で目立たなかった地域も優れた商品があれば表舞台に立てるんだと、気付かされました。SNSやメディアを駆使して商品や技術を広めることで、販売にもつながり、鯖江のモノづくりや伝統工芸を知ってもらえる機会も創出できる、プロデューサー的な視点で取り組んでみたいと思いました。
福井のモノづくりを知ってほしい、その想いが新たな取り組みへ
ー具体的になにか取り組みが生まれたものはありますか?
福井県には、経済産業大臣指定の越前漆器や越前和紙といった7つの伝統的工芸品があります。福井県の7つの伝統工芸の職人を集め、2014年に「福井7人の工芸サムライ」という若手職人グループを立ち上げました。伝統や技術を継承するため時代の流れにあわせ、産地の枠を超えたコラボやイベント等を企画、発信しています。
県内はもちろん、全国規模の新聞、「ガイアの夜明け」に取り組みを取り上げていただき知名度が上がりました。活動している職人たちも、伝統工芸に対する問い合わせが増え忙しくしているようで、広く知っていただいたことによる効果を感じています。
ー現在は、商品をどのような形で訴求されていますか?
鯖江市の協力のもと、ふるさと納税サイトで漆タンブラーなどを扱ってもらっています。その他にも藤巻百貨店でメガネピンなどネット販売が中心となっています。伝統工芸は30年前と比べ業界の売上や労働人口は5分の1にまで減少しています。ネット販売だけでなく、付加価値をつけ伝統工芸を伝える、「来て、見て、触れる」という体験を通してモノづくりを知ってもらう機会をつくると同時に、しっかりと経済が循環していく仕組みが必要であると感じています。
挑戦するなら、とことん追求する
ー地方起業でよいと感じている点、苦労している点があれば教えてください。
会社員時代以上に、さまざまな分野の方たちに出会う機会が増えたこと、各方面から情報が入ってくるようになりましたが、大都市と比較すると人々の目に触れるチャンス、販売経路が少ないことを実感しています。そして私の事業は、社会貢献度は高いですがマネタイズが難しいです。だからこそ、モノづくりの支援活動を積極的に発信し、まずは知ってもらい仲間を増やしいろんな知恵や意見を取り入れみんなが幸せな活動になることを大切だと感じています。
ー事業を行うにあたって、どのようなことを大切にしていますか?
ビジョン(夢)を大切にしています。私のビジョン(夢)は「福井の伝統工芸、鯖江のものづくりを次世代に」としているのですが、これまで先人たちの想いが脈々と受け継がれてきた伝統や想いを私たちの代で途絶えさせたくないという強い気持ちがあります。ビジョンがあるからこそ、さまざまな壁にも挑戦できます。
ーこれから地方で起業をしようとする人、新しい挑戦をしようとする人に向けてメッセージをお願いいたします。
「得意なことを追求すること」が大事です。私は伝統工芸やモノづくり支援活動を尖らせることによって、いろんな方に触れてもらう機会をつくり、知名度が上がり化学反応が生まれています。ひとつだけ尖らせることに注力するといいと思います。それが利益がうむ柱になれば、なおいいですね。あとは、地方だからこそ「発信」は大切ですね。まずは伝統工芸やモノづくりは知ってもらうことからですね。そして世の中から興味関心を持っていただき、エンドユーザーに知ってもらい気に入り、買って頂くことで事業に広がりが生まれると思います。
執筆者:草野明日香