農山漁村の活性化に向けて、地域起業者の交流を促すプラットフォームを運用するINACOME(イナカム)。各地域で似たような社会課題はあるが、起業者が持つ問題意識やミッションは千差万別です。ビジネスモデルからは把握しづらい起業者の想いやビジョンを広く知っていただくために、INACOME参加起業者のインタビュー記事を掲載します。
第二弾は、本年2月のINACOMEビジネスコンテストにおいて、「林業2.0~木を伐らない林業~」をプレゼンし最優秀賞を獲得した『WONDERWOOD』の代表取締役CEO・坂口祐貴さんにお話を伺いました。
人間本来の能力を最大化する
-どのようなビジネスモデルか?
WONDERWOODでは、樹齢100年を超えるような木材を使い、一枚板テーブルなどの加工・販売を行っています。また、「木を伐らない林業」を具体化するために、森の中にワーキングスペースを創る「TREE OFFICE」など、森林自体が「価値の生産拠点」として活用できるようなビジネスの展開を考えています。
-なぜ一枚板ビジネスを始めたのか?
元々、大手メーカーに勤めていたのですが、自分が本心として感じていることと、スタッフとして顧客に説明することが徐々に乖離するようになり、メンタル的に耐えきれなくなって鬱病を患った経験があります。その後、全てを失って実家に帰り、1年間ほど何もできない時期があったのですが、その時に見た一枚板が今のビジネスを起こすきっかけとなりました。
当時は、自分のことをボロボロの存在だと思っていましたが、穴があって傷だらけでも美しく立派な一枚板を見た時には「たった20年ちょっとしか生きていないのに、小さなことでクヨクヨするな」と勇気づけられたような気がして、一枚板でビジネスを始めることを決心しました。
-事業を通じて達成するミッションは?
私たちは、「BACK TO THE NATURE~自然への回帰~」をミッションに掲げています。自分自身の鬱病の経験をきっかけに、なぜ鬱病を患ったのか要因を考えるようになったのですが、その時に出てきた答えが「自然から離れた無理のある生活」でした。自然の中にいる生き物は、当然ながら「やる気がない」「死にたい」と言いません。経済性や効率性を重視した都会での生活が、気づかないうちに無理を強いることとなり、結果的に精神疾患などを引き起こす要因になっていたのではないかと考えています。
こういった経験や考えをベースとして、WONDERWOODでは、プロダクトやサービスを通じて一人でも多くの方が自然に近づき、人間本来の能力を最大化することを目的として事業を進めています。
時代に合わせて新しい考え方にシフト
-「木を伐らない林業」はどういった考えで出てきたのか?
起業した当初から、木材の加工・販売だけでなく、生産拠点である山に関わるビジネスもやりたいと思っていましたが、その想いが強くなったのは1年前に行った屋久島がきっかけです。一般的な林業現場の杉は樹齢50年くらいで伐採されますが、屋久島には樹齢何千年という杉が当たり前のように生えていて、古いものでは樹齢四千年以上の木もあります。
親子2~3世代で管理する林業のスケールの大きさはもちろん魅力的ですが、杉本来の生命力が千年レベルであるのに対し、経済性を重視するあまり50年程度で伐採する今の林業に違和感を持ち、伐らなくても価値を生み出すような森林のあり方がないか考えるようになりました。また、現在、主伐期を迎えている木は、昔の方々が次世代に資産を引き継ぐことを目的に植えられたものだと思いますが、その後の日本家屋の減少や外国産材の流入など、当時は考えつかなかった影響が生じている部分もあるのではないかと思います。
1~2年後の世界を予想することも難しい現代においては、今後50年を見越して森林を管理していく考え方に無理があると思っていて、森林を「木材の生産拠点」と捉える考え方から「価値の生産拠点」と捉える考え方にシフトしていくべきと考えて、林業2.0「木を伐らない林業」を進めています。
コロナ禍だからこそ新たなことにチャレンジ
-新型コロナの影響は?
一枚板テーブルの売上が大幅に減少するなど、厳しい局面に立っているという認識はあります。ただ、苦しいと言い続けても状況が変わらないことは理解しているので、どうすればコロナショックをネガティブからポジティブに変えられるのか、その方策を考えることに集中しています。
-具体的にはどんなことをしているのか?
新型コロナの感染拡大も、鬱病と似ているところがあって、効率を重視した都会での不自然な生活が、感染を拡大させた“要因”と見ることもできると思っていて、その解決策は「自然への回帰」しかないと思っています。その考え方を発信するためにYoutubeなどを始めたのですが、少しづつ理解が広がってきた感覚はあり、森の中でトレーニングを行う「森トレ」や森の中で音楽ライブを行う「森フェス」など、新しい展開が動き始めています。
多くの人が自然への回帰を意識し始めた「今」だからこそ社会に浸透させることができる価値があると思うので、ガンガン新たなチャレンジを展開しています。数年後には「コロナがあったからこの事業が生まれたね」と言えるような、そんな未来を創りたいと思っています。
新たな手法で持続的な森林を創る
-イナカムのビジコンの感想は?
まず農林水産省の職員や多くの関係者と知り合えたのは大きなメリットでした。登壇後に多くの方々から直接応援のお声をいただいたことも印象的ですし、会場で知り合った金融機関の方と後日お会いするような関係を持つことができました。また、自身の考えを整理する機会としても有意義だったと思います。ビジコンに出る前から「木を伐らない林業」の構想自体はあったのですが、全体像を整理できていませんでした。それが、ビジコンに出るとなると否が応にも登壇日までにまとめる必要があるので、必死に考えました。あの時にビジコンに出ていなければ、今も「木を伐らない林業」は具体化できていないと思います。
-今後はどういった領域で森林の価値を生み出したいか?
森林浴による免疫細胞の活性化など、少しずつ森林自体の価値を立証するデータが集まってきています。今後は、このようなデータを参考にし、森林での精神疾患の更生プログラムの実施など、福祉や教育といった領域での森林の価値提供にもチャレンジしたいと思っています。従来の林業とは異なる手法ですが、このような形で生み出された利益を、再度森林に投資するような動きを作りだすことができれば、持続的な林業の実現に貢献できると考えています。
農山漁村の活性化に向けて、地域資源を活用した起業者を支援するイナカム。プラットフォームでは、坂口さんのように地域課題を解決するために新たなチャレンジをする方々と結びつくことが可能ですので、是非ご活用ください!