一人親方や居酒屋経営を経て公認会計士となり、「ベンチャープラス税理士法人」を立ち上げた岡田仁陽さん。起業家の一人として、香川県で起業をしようとする人を、士業という立場から応援し続けています。岡田さんが夢を叶え、公認会計士になるまでの道のりとこれからの展望、そして、香川で起業を目指す人たちへの思いを伺いました。
経歴は
出身は神戸で、神戸高等学校理数科を卒業しました。進学しなかったのは僕だけだったと思います。ただ、父も同じように高校を卒業して起業した人だったので、僕も大学に行くという概念がなくて。小中高とサッカーをしていたのですが、弱々しく感じた父から、飲み友達の「くまさん(見た目が熊のような親方)」の元へ修行に行ってこいって言われ、高校卒業後は、シャッター施工の会社で働き始めました。そこで、溶接したりビス打ったり、シャッターを付ける仕事を20歳までやりました。
1年修行して、その後、一人親方として独立しました。仕事って厳しいんだなって感じましたし、体使って働く厳しさを学ぶことができました。仕事には期日がある。仕事に同じことはなく現場対応力が試される。勉強する学校生活から仕事の現場へと移っていきました。20歳で、実家の水産加工会社に入ることになりました。僕の仕事は毎朝6時に冷凍倉庫に行って1トンの魚を運んで、1トンの魚を1日で全てさばくことでした。仕事が終わり夕方になると時間ができたので、自分でDIYして立ち飲み屋を開店しました。そこでは、お客さんとコミュニケーションをしていくことで仕事の楽しみ方を感じることができました。職人仕事で仕事の厳しさを経験し、家業で家族経営を体感し、立ち飲み屋で人とのコミュニケーションを学びました。
公認会計士の試験を受けた経緯は
23歳の頃、仕事が終わって飲みに来るお客さんの姿が羨ましくて、カウンターの向こう側に行きたいなと思いました。高卒の僕は、世の中で働く術を当時知りませんでした。そんな時、本屋さんでたまたま手に取ったのが公認会計士の本でした。資格は、高卒でも取れると書いています。翌日に60万円を引き出して、教材を買いに行きました。当時は昼の家業の仕事と、夜の立ち飲み屋の仕事もあったので、合間を縫って勉強をするのが始まりました。最初の半年は家にほとんど帰らずお店で寝ていました。新聞敷いて(笑)。
それからは、午後10時には店を閉めるようにして、半年後に簿記1級が受かって、初めて母に実はこういう勉強しているんだって告白しました。母はすごく応援してくれて、母やアルバイトのサポートが増えて、勉強する時間が増えていきました。25歳のときに合格し、会計事務所では、日本で一番大きい新日本有限責任監査法人に入りました。スーツを着て働くのはテンション上がりましたね。18歳の時とは全然違うことしてるなって。素直に嬉しかったです。
働きながら資格を取るのは大変では?
働くことより簡単だなって思います。働く方が大変です。たかだか勉強です。僕は公認会計士の勉強をしていた時、考える力やその習慣を身につけることができた気がします。社会に出たら、答えがないことでも考えて努力して乗り越えることが必要です。その訓練だったような気がしています。記憶は薄いですが、当時は苦しかった気がします。なんで自分は働きながら勉強しなきゃいけないんだって、自分だけ不公平だと思った時期もありましたし、当時は、よし頑張ろうという気持ちと、ひとりぼっちな気持ちもあった気がします。ただ、今はあんまり覚えていないんです。しんどいことって叶ったら忘れるじゃないですか。
公認会計士の仕事内容は
僕は、新聞で見るような上場会社の監査や上場を目指す会社の監査に携わっていました。監査法人が、「この会社の決算は信用に足ります。」と表明することによって、株主は安心して株を買えるわけです。証券市場の番人みたいな仕事なので、この間まで立ち飲み屋やっていた人間が、いきなり上場会社の役員や経理部長と話をしなければいけない。そのギャップを埋めていかなければいけないというのはありました。でも、成長企業が上場を目指していくときに、支援したり指導したりするなかで、上場を目指す企業の経営者の生き方とか行動力や考え方に触れることができたのは本当に素晴らしい経験をさせてもらいました。28歳の時、香川県に転勤になって、四国の金融機関などに携わり、現場の責任者として仕事をしていく中で、金融分野に深く入っていくようになりました。
2013年7月、31歳のときに独立をして、お客さんたちのパートナーになりたいという気持ちを込めて、岡田パートナーズ公認会計士事務所を立ち上げました。監査法人での経験があったから、地元の金融機関の顧問になって、融資を受けているお客さんのところに行って経営サポートや、融資を受ける人に対して、経営や融資サポートを金融機関と一緒になってやっていくっていうことも始めました。他の税理士事務所と違うのは、基本的に仕事のほとんどは金融機関の紹介っていうことと、特に融資については他の事務所と差別化できると思っています。
今までの経験がどのように生きている?
僕は遠回りしたんですけど、10代で現場の厳しさを感じて、働くことを体験できたことが今につながっているし、中小零細企業にとても多い家族経営の中に自分が入って仕事したっていう経験も今に生きています。その後、立ち飲み屋で人とのコミュニケーションを通じた仕事の楽しさを肌で感じました。公認会計士になって以降は、上場するような経営者たちに寄り添った経験が、今会計事務所として起業や融資をサポートするという点で共感出来ることがたくさんあります。いろんなことが点になって、今この仕事ができているなと思っています。
香川で独立を選んだ理由は
僕が香川にいるのは、ファイナンスの部分でご縁があったからですね。ベンチャー起業家が爆発的に成長していくためには、圧倒的なファイナンスの支援って大事だと思うんです。成長過程には売上が上がる前に大きなお金が必要になってきます。それがあれば、起業家を真にご支援できます。それがないと、知識を伝えることしかできず、あと一歩のお手伝いができない。みんな本に書いてあることを僕に求めているんじゃなくて、自分をより一歩前に進めさせてくれる人を求めている。僕にはファイナンスというベースが香川にできたので、今ここにいます。
独立はずっと考えていた?
前職は、世の中に出させてもらった会社だったので、独立しようとは全く思っていなかったですね。辞める1ヶ月くらい前に、思い立ちました。監査という仕事は証券市場の番人なので、クライアントをチェック指導するという立場なんです。お客さんと一緒に考えるってことができないんですよ。より一歩前に進むための手伝いをするには、監査っていう立場から出てするしかないなと思う時が訪れて、独立を決めました。今は、ベンチャー起業家たちのプラスのお手伝いができるようにと、「ベンチャープラス税理士法人」と名前を変えました。融資の支援は年間で20億円くらい、投資サポートやファイナンスも含めると30億円くらいやっていますね。
香川での創業や起業に関わる人は多い?
起業って様々で、高校卒業してから働いている人も、大学行って就職して、自分のやりたいことや夢を叶えていく人も、様々あると思うんですけど、香川県では、勤め先での経験を活かして独立するパターンが一番多いように感じます。香川における新設法人数は、2017年は721社です。僕の実感として、少なくないなって感じています。日本で一番小さい県だけど、地元愛の強い方も多くて、地域と一緒に仕事していきたいって人は肌感覚で多いなって思いますね。
今後の展望や目指していきたいことは
今までは金融機関からのお付き合いが多かったですが、今後は全く接点がなかった方々ともっとお会いする機会を増やしていきたいなと考えています。ベンチャー起業家の支援を目標にしているので、会社の設立段階からのサポートをして、更に成長していく過程を応援していきたいです。起業して終わりじゃないです。成長する会社にしていく、そしてもっと大きくしていく、その支援をしていきたいです。ファイナンスという武器があるので、今まで以上に門戸を開いて、ウェブやITからお客さんと接点を設ける仕組みを作っていきたいと考えています。「専門家がフルサポートするにも関わらず、ご自身でするよりも安く会社設立ができるサービス」を現在展開していますが、起業家を徹底的にサポートするサービスや体制を次々に構築していきたいと考えています。
僕はアドバイスっていうのは、会社やお客さんの実態を把握した上で成り立つコミュニケーションであると思っているんです。要は、この会社は何で儲けているのかとか、どういう商売をして、どういう人と付き合っていて、だからこういう商売が成り立つんだと、実態を適切に把握する力がないとより具体的な提案をすることができないと思うんです。業績の背景にある、どうやって儲けているのか、どういう仕組みなのかということに僕は興味を持っています。そこに興味を持つことが、より具体的なアドバイスができることだと信じています。
メッセージ
実際に起業するっていうのは、命がけでやることです。起業を考えている段階と、一歩踏み出すことはすごく大きな差があると思います。踏み出す一歩がすごく遠いし、高い壁。仕事をしてお金を一円、お客さんからもらうって大変なことです。経営していくと、辛いことや苦しいことも経験すると思いますけど、その一方で経営者にしか味わえない喜びもある。だから面白いです。人との出会いや自身の実体験、そのような様々な点が必ず線となり起業に向かうのだと思います。感性豊かに、楽しい人生を共に歩みましょう!
