


地域で活躍する多様な起業家を特集するこの企画。近年高齢化が進み、跡継ぎがおらず衰退している伝統工芸産業。そのような状況の中で新しい試みを三重県鈴鹿市白子町でしている人がいます。木村淳史さんは職人としてSNSを駆使して情報発信をしながら、修行型ゲストハウスである「テラコヤ伊勢型紙」を運営しています。副業としての伝統工芸職人という働き方を提唱する木村さん。そんな枠にとらわれない木村さんに、伝統工芸職人×地方起業をテーマにお話を伺ってきました。
伝統工芸「伊勢型紙」の職人と後継者の育成に勤しむ日々
ー本日はどうぞよろしくお願いいたします。木村さんは三重県で伝統工芸である、伊勢型紙の職人をされてるんですよね?
木村)はい。三重県の鈴鹿市白子町で伝統工芸である伊勢型紙の職人をしています。2017年の5月には「テラコヤ伊勢型紙」というゲストハウスをオープンしました。ただ、宿泊のためのゲストハウスという訳ではなく、伊勢型紙を体感できる場所にもなっています。具体的なコース内容としては、
・用意してあるデザインを元に型紙製作を行う1日体感コース
・オリジナルの浴衣や手ぬぐい、生地を製作する1泊2日のオリジナル製作コース
・伊勢型紙職人がもつ技術の全てを教える4泊5日 or 通い6日間の弟子入りコース
の3つがあります。
ー弟子入りコースもあるのは面白いですね。なぜこのようなゲストハウスをオープンしたのでしょうか。
1番の目的は後継者育成ですね。現状、伊勢型紙の組合には20名の職人しかいなくなっています。本来は自分が職人の方に仕事を依頼していきたかったのですが、その職人さんさえもいなくなっていく現状を変えたいと思いました。そうなった時に、後継者育成するしかないと思い、伊勢型紙の技術を学べる修業型ゲストハウス「テラコヤ伊勢型紙」をオープンすることに決めました。
いらっしゃるお客さんの属性としては、
①単純に着物・浴衣が好きな人。より職人さんのことを知りたい人
②切り絵が好きな人
③職人になりたかったけど、どこかでなるのを辞めた人。けれども職人やってみたいという気持ちがある人
が中心です。20・30・40代の女性が多いですね。男性は10人中1人くらいです。特に③のような職人になりたい人の受け入れ先は他の地域で探してみてもなかなかありません。市単位で力を入れているところもありますが、やはり条件が厳しくなかなか挑戦できるものではありません。なのでテラコヤ伊勢型紙で短期間からでも職人になりたい人を受け入れることで、伊勢型紙の後継者育成に繋がっていると思います。

実際に制作された手ぬぐい。繊細さに美しさが兼ね備わっている。
周りからは職人として街づくりをしていると思われる中、自分としては居場所づくりをしている。

古民家を改修したテラコヤ「伊勢型紙」の外観
ー木村さんは地元も白子町だとお聞きしたのですが、小さい頃から伊勢型紙の職人として活動したいという気持ちはあったんですか?
全くなかったですね。正直なことを言うと、伊勢型紙がめちゃくちゃ好きなわけではないんです。どちらかといえば、職人が窓際で作業している風景が好きで、子供の頃は職人の数も多かったので、その光景は普通でした。でも今は職人の数が減って好きな風景が見れなくなってきている寂しさもありました。地元に戻ってくることさえも頭にはなかったです。大学の頃の僕は海外志向でしたからね(笑)
ーそうなんですか!意外です。海外志向の強い木村さんが白子町に戻ってこようと思ったきっかけは何だったんでしょうか。
大学の頃は海外でバリバリやりたいと思っていたのですが、卒業したあとは、名古屋で就職しました。しかし、組織で働く環境になれず、鬱病になってしまいました。鬱病になって地元に帰ってきて、こっちで何かあるかなと探したところ「伊勢型紙」があるぞと。自分の祖父が伊勢型紙の職人だったこともあり、祖父の知人に弟子入りするチャンスもいただけたので、伊勢型紙の職人になることにしました。本来であれば、門前払いだと思うのですが、幼少期から仲良くしていた人に弟子入りだったため特に反対はありませんでした。でも伊勢型紙の職人として活動したいというよりは、自分の居場所づくりをしたいんです。
ー自分の居場所づくり…それはどのような意味ですか。
僕が小2-5の頃にシンガポールとアメリカに住んでいました。生まれも育ちは言った通り白子なのですが、幼少期の大事な時期を海外で過ごしていたため、自分の地元があまりないんです。だから自分の居場所を作りたい。自分がしやすい空間。自分の部屋って過ごしやすい空間にしますよね?僕の場合は自分の部屋だけでなくて街という広い空間を過ごしくやすくしたいんです。なので、伊勢型紙職人をやって町おこしをしているように外部からは見られているのですが、自分としては居場所づくりをしている感覚です。
今一つ大きく動いているのが、服飾のコワーキングスペース。現状としては、伊勢型紙を利用しても手ぬぐいや浴衣といった定番のものしか提案ができないません。それだけと今の世の中の需要を考えるとバリエーションの幅が狭いじゃないですか。だから、コワーキングスペースを作ってクリエイターさんが自分の発想を実現できる場を作れば、何かしら面白いものができるんじゃないかなと思っています。今後は、染め工房やショップもつくることで、街全体で商品を作り売るサイクルをつくることが直近の目標です。
地方で活動するなら、SNSはやっておいて損はない。こちらから情報を取りに行く。

ー木村さんのことはTwitterで存じ上げていたのですが、フォロワーも3000人近くいらっしゃいますよね?
そうですね。Twitterで、伊勢型紙を中心に情報発信をしています。Twitter経由での参加者さんは結構多いです。最近だと、ZOZOの前澤社長の1億円プレゼントキャンペーンの後、知り合いが10人に100万円をあげるという企画をやっていて、自分が当たりました!そのお金でパリの展示会にもいけました。しかもパリ滞在滞在中にもTwitter経由で会うことになったり。地方で活動するならやっておいて損はないと思います。
ーやはり職人さんがやっておいた方がいいSNSとしては、Twitterが一番いいのでしょうか。
職人さんだとInstagramとの相性がいいと思います。ビジュアルで商品の魅力を伝えることができますしね。Twitterは、地域では知り得ない情報を取りにいくときに活用できます。地方で活動したい人はとりあえずSNSで情報発信するといいですね。
地方で職人として活動したいならまず副業としての職人がオススメ。

ーこのインタビュー記事を読んでくださっている中には、地元に戻って伝統工芸職人として活動していきたい方もいると思います。そういった方にアドバイスはありますか?
うーん。職人を本業でやっていくのは厳しいと思いますね。
ーえ。それは意外な回答でした。それはなぜですか。
そもそも職人側としては、いくら跡継ぎが少なくなっても新しい人を受け入れられない理由が3つあります。
・1つ目は、仕事の受注が少なくなっていて稼げるかわからないのに、職人として育てるという無責任なことはしたくないから。
・2つ目は、単純に技術を持っている人がお歳なので教える体力もないから。
・3つ目は、丁稚奉公という言葉がありますが、職人が弟子にお小遣いあげて面倒見てという金銭的余裕がないからです。
なので本業として活動する前に弟子入りするのもかなり大変だと思います。
ーでは、本業以外に職人として活動する選択肢には何があるんでしょう。
副業として職人をするということですかね。実は、「テラコヤ伊勢型紙」でも職人を育成していて、その内の2人には副業という形でお仕事を依頼しています。平日は普通の仕事をして、休日に型紙の仕事をしてもらってますね。なぜ、副業をオススメするかというと、本業として職人をやっていくのは、金銭的に厳しいからです。最初から高いリスクを負うのではなく、副業として職人をすることで段階的に収入の比率を上げたり下げたりすることができます。型紙の仕事もっとやりたくなった場合は本業を減らして頑張ればいいですし、仮にうまく軌道に乗れば、型紙の仕事だけで食っていくことも可能です。
なので、地方で職人をやっていきたい人は、自分で稼げる術は持っておいた方がいいと思います。例えばWEBページ制作。1件受注すれば、20-30万円は稼げます。しっかり自分が食べていくためのお金は確保した上で、副業として職人活動をすることをオススメしています。副業として職人のイメージがわかなければ、テラコヤ伊勢型紙に気軽に相談しに遊びにきてください。何かしらで、あなたの力になれるはずです!
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